一般患者の方へ

乳腺疾患

Mammary gland disease

乳腺疾患の各症例や乳腺内分泌外科が取り組む治療方法など

症状

  • 乳房のしこり
  • 乳頭の分泌物
  • 乳房の痛み
  • 乳房の張り
  • 乳房の腫れ、熱感
  • 乳房のただれ、かゆみ

乳腺を対象とする主な疾患

乳腺症

好発年齢は35〜40才です。生理前等に乳腺に痛みや張りを自覚する、しこりを触れる場合には痛みを伴い比較的軟らかく触れることが多いです。乳腺外科を受診される症状では、最も多く、ホルモンバランスの乱れが原因の一つと考えられています。

乳腺線維腫

好発年齢は15〜35才です。しこりに痛みは無く、軟らかくよく動くのが特徴です。思春期以降に発症することから、女性ホルモンが影響していると考えられています。一般的に乳腺線維腫はゆっくりと大きくなり、30代後半で成長が止まり、閉経後に縮小することが多いしこりです。しこりのサイズと大きくなる速さによっては、外科的治療を行う必要があります。

乳腺のう胞

乳汁などの水分が排出されずに、乳管内に袋状にたまった結果としてしこりができます。正常な組織と水分でできているため、基本的には治療の必要はありません。

乳管内乳頭腫

乳頭からの血性(黒色・茶褐色、又は赤い)の分泌を伴うことが良く認める症状の一つです。卵巣ホルモンが影響していると考えられていますが、原因は明らかになっていません。良性の疾患ですが、将来、乳がんを発症するリスクがあることが報告されており定期的な検診やしこりの摘出が必要な場合があります。

乳腺炎

乳腺が炎症を起こし、腫れや痛み、熱感を持った状態です。授乳期に、乳汁が乳腺にたまることや、乳頭から細菌が入ることが原因と考えられています。細菌感染の場合は、抗生剤や消炎剤や外科的に切開し膿を出す処置を必要とする場合があります。

乳房パジェット病

乳頭の皮膚に発生したがんで、乳頭が赤く腫れ、ただれた状態となります。乳がんに準じた対応が必要となります。

乳がん

好発年齢は40才以上。主な症状は乳房のしこり(乳がんの9割)で、硬く、大きくなると動きが悪いことが特徴です。時に乳頭から血性(黒色・茶褐色、又は赤い)の分泌物を認めることがあります。かなり進行していても、痛みや食欲不振などの全身症状を有することは稀です。

検査の種類

①病気の有無や位置を調べるための一般的な検査

●視・触診

医師の目視での観察により、くぼみや乳頭からの分泌物の確認、手で触れることにより、しこりやリンパ節の腫れが無いかどうか診察します。触診でのみ発見される乳がんもあるため、乳がんの診療においては、不可欠な検査です。

●マンモグラフィー

乳房を透明な板で挟んで引き延ばした後にX線撮影し、乳がんの初期症状である石灰化やしこりを画像に映し出します。乳房を圧迫して薄くすることで乳がんの診断精度が上がり、被ばく量が減少するため、圧迫の強さに応じて痛みを伴う場合があります。

●トモシンセシス(3Dマンモグラフィー)

X線撮影の1種で、マンモグラフィーの複数の画像を違う角度から連続的に撮影することによって、病変を立体的(3D)に画像化することができる検査です。より正確な画像診断が可能です。

●乳腺超音波検査

乳房に超音波を当て、正常の乳腺組織としこりとの超音波の反射を利用して画像化します。この検査は、基本的に痛みを伴わずに病変の有無・しこりの大きさ・位置を確認することが可能です。

●MRI検査

乳がんの画像診断としては、乳がんの発見率が高い(感度が高い)検査です。造影剤を注射し、磁気を利用して、約30分程度かけて乳腺全体を画像化する検査です。乳腺症など正常の乳腺組織もしこりとして指摘される(特異度は高く無い)ことがあり、MRI検査で見つかったしこりが、必ずしも乳がんであるとはかぎりません。また、ぜんそく・強いアレルギーやペースメーカーなどの体の中に金属がある方は行うことができない場合があります。

●PEM(positron-emission mammography)検査

がん細胞が、ブドウ糖を多く取り込む性質を利用した検査です。ブドウ糖に性質の似た薬剤を投与することで、がん細胞に取り込ませ、乳房のみを対象として画像化します。豊胸手術などでマンモグラフィーを受けられない人も受けることができます

②病気を確定診断するための一般的な検査

●穿刺吸引細胞診

①の検査でしこりを認める場合に行います。超音波を用いて麻酔無しの状態でしこりの位置を確認しながら、血液検査の時に用いる細い針(直径 1 mm 弱)を数回刺してしこりから細胞を採取します。その細胞を顕微鏡で良性か悪性か、良悪の鑑別困難かを調べます。しこりにきちんと針が入っていても約10%程度細胞が採れない場合があり、再検査や別の方法で検査を行うことがあります。

●針生検

超音波を用いて局所麻酔をした後にしこりの位置を確認しながら、ボールペンの芯と同じ太さ(直径約 2 mm)の針を用いて、病変部の組織を採取し、がん細胞の有無を診断する検査です。穿刺吸引細胞診で確定診断に至らない場合や良悪の判断ができない場合に行われます。

●吸引生検(乳腺腫瘍画像ガイド下吸引術)

超音波・マンモグラフィー・MRIなどの画像診断技術を用いて局所麻酔をした後にしこりの位置を確認しながら、直径約4mmの針を用いて、病変部の細胞あるいは組織を採取し、がん細胞の有無を診断する検査です。針生検で確定診断に至らない場合や画像検査から乳がんが強く疑われる・良悪の判断ができない場合に行われます。一般的には、超音波を用いて検査を行いますが、マンモグラフィーのみで認められる石灰化病変はマンモグラフィーを用いて、MRIのみで認めるしこりは、MRIを用いて検査を行っています。

③病気の広がりを調べるための検査

●CT検査

乳がんは、リンパ節や肺や肝臓に場所を移して大きくなる(転移)することがあります。リンパ節や肝臓・肺などの病変を調べるためにCT検査を行います。CT検査は、X線を用いて、コンピューターで対象とする部分の輪切り(断層)画像を連続的に撮影する検査です。 造影剤(極わずかな病変を強調する薬剤)を使用して行う造影CTと用いない単純CTがあります。撮影する臓器やぜんそく・アレルギーの有無・甲状腺の病気などによって造影剤が不要または、使用できない場合があります。

●骨シンチグラフィー

乳がんは骨に場所を移して大きくなる(転移)ことがあります。骨シンチグラフィーは骨の病変を調べるために行います。骨は、日々その強固な構造を保つため、常に新しい骨に交換(壊して、また作り直す)しています。骨に病気が生じるとその交換バランスが崩れます。骨シンチグラフィー検査は、骨を作り直している部分の薬剤の染まりを画像化する検査方法です。そのため骨折などの良性疾患も染まってくることがあります。検査は、最初に薬剤の注射を行い、薬が全身に浸透する頃(注射後約3時間)に画像を撮影します。

●PET検査

がん細胞が、ブドウ糖を多く取り込む性質を利用した検査です。ブドウ糖に性質の似た薬剤を投与することで、がん細胞に取り込ませ、全身を対象として薬剤の染まりの違いを画像化します。各種検査(CT検査・骨シンチ等)で良悪判別困難なしこりを検出するために行います。しかし、ブドウ糖を多く取り込んでいる臓器(脳、心臓、胃、大腸、精巣)や薬剤を排泄させる臓器(唾液腺、腎臓、尿管、膀胱)など正常な臓器や炎症など良性な疾患でも染まることがあります。

乳がんの手術について

乳がんの手術については、乳房に対する手術と腋窩リンパ節に対する手術、場合によっては乳房再建手術を同時に行うこととなります(乳房再建手術を後日別の時期に行う場合もあります)。手術術式については、それぞれの患者さんの病状や乳がんの拡がり、画像検査などを元に、患者さんと相談の上で、手術術式を決定していくこととなります。

乳房温存手術
乳房部分切除術
乳房区域切除術
乳がんの大きさが小さい場合(3cm以下)や乳腺MRI検査において、周囲に拡がりを持たない(限局性した)乳がんであれば、推奨される手術方法です。乳房温存手術については、乳がんの病変より1-2㎝程度、離して切除する術式であり、乳がんの拡がりに応じて、円状や扇状区域状に切除されることもあります。乳房温存手術は、乳がんをできるだけ残さない(遺残させない)で安全に治癒切除を行うことと、乳房のかたちを残す(整容性を確保する)ことが大切であり、その為には乳がんの拡がりを正確に把握する必要があります。当院では、手術前に外来にて乳腺造影MRIを施行して乳がんの拡がりを詳細に確認しています。また、手術中に、乳房温存手術の乳腺切除断端(数か所程度)の顕微鏡検査(迅速病理組織診断)を行っており、断端に、がんが存在しないか判断しています。さらに、切除された乳がんの標本については、数週以降に最終的な病理組織診断を確認されます。もし、今回の乳房温存手術において断端に乳癌が存在する場合には、再手術をお勧めすることもあります。術後、乳房温存手術を受けられた場合には、手術をした乳房(残存乳房)に放射線治療を行う必要があります。
乳房切除手術
皮下乳腺全摘術
乳がんが大きい場合や、複数の乳がんが存在する場合、乳腺MRIなどの画像検査にて周囲に乳がんの拡がりがあり、乳房温存手術ではがんを取り切ることが難しいなどの場合には、乳房切除や皮下乳腺全摘術(同時に乳房再建術を施行)を行う必要があります。これらの術式は、肉眼的に確認できる乳房の乳腺は取り除かれ、大胸筋・小胸筋は温存されます。乳房切除術は乳がんのしこりの直上の皮膚は含めて切除されますが、皮下乳腺全摘術はしこりの直上の皮膚は残るかたちになります。また、皮下乳腺全摘術には乳輪乳頭を合併する方法が一般的ですが、主治医と相談の上で乳輪乳頭を残すことが可能な場合もあります。
腋窩リンパ節郭清術 腋窩リンパ節郭清術については、手術前に、腋窩リンパ節の穿刺吸引細胞診にてリンパ節転移ありと診断された場合や、画像検査にて明らかな腋窩リンパ節転移が確認された場合において推奨されています。腋窩には一般的に10~20個程度のリンパ節が存在しており、腋窩リンパ節郭清術とは、腋窩リンパ節をその周囲の脂肪組織とともに一塊にして切除する術式です。手術の際、腋窩の知覚神経を切離する必要があり、腋の感覚鈍麻を生じます。また、上肢の挙上困難、上肢の腕のむくみ(リンパ浮腫)などの術後合併症を生じることがあります。腋窩リンパ節郭清は、術後の腋窩リンパ節再発を防ぐ為に行われる以外に、リンパ節転移の情報(転移の有無や個数)は、遠隔再発転移(骨転移、肺転移、肝転移など)の指標となります。腋窩リンパ節の診断結果は、切除された乳がんの診断と共に、抗がん剤を行うかどうかなどの術後補助治療の決定に重要な結果となります。
センチネルリンパ節生検 1990年台までは、乳がんの腋窩リンパ節の標準手術は、腋窩リンパ節郭清でしたが、リンパ節転移のない乳がんの方には治療的意味はない上、上肢のリンパ浮腫などの術後合併症の問題があります。90年代後半より腋窩リンパ節のなかでも、乳がんが特に最初にたどり着くリンパ節(見張りリンパ節)が存在することが分かり、乳房に色素などを注射することにより、センチネルリンパ節を同定することが可能になりました。当院では、乳輪周囲に2種類の色素(ICG、パテントブルー(色素の使用できない方は放射性同位元素を併用))を注射することにより、一般的に数個程度のセンチネルリンパ節を摘出し、手術中にがん細胞があるかないかを迅速病理診断もしくは、OSNA法(:CK19 mRNAの検出を用いたOne Step Nucleotide Amplification法)を用いて調べています。センチネルリンパ節にがん細胞が無い場合は、それ以外のリンパ節に転移はないと判断し、腋窩リンパ節の郭清は行いませんが、もし明らかな転移があった場合は腋窩リンパ節郭清を行っています。近年、センチネルリンパ節に微小なリンパ節転移しかいない場合は、郭清なくても再発に影響しないことが分かっており、当院では、通常、センチネルリンパ節転移予測ノモグラムを用いて、センチネルリンパ節以外のリンパ節への転移リスクを予想して、腋窩リンパ節郭清を行うかどうか決定しています。
乳房再建手術 当院では、当院の形成外科の乳房再建専門医と連携して乳房再建手術を行っています。再建手術については、乳房全摘術や乳房の著明な変形が生じる乳房温存手術に対して、患者さんの希望によっては外来にて主治医、形成外科医と相談してもらい、術式を決定しています。再建手術の時期については、乳がん手術と同時に乳房再建手術を行う一次的乳房再建術や、術後数年以降に落ち着て乳房再建を行う二次的乳房再建術があり、術式については、広背筋(LDM)や腹部の遊離有茎脂肪弁(DIEP)などの自家組織を用いた再建方法や、乳房インプラントを用いた再建方法があります。また、一旦、乳房全摘直後にエキスパンダー(拡張器)を挿入する手術を行い、手術後少しずつ乳房を拡張し、その後は形成外科で最終的な再建手術を行う方法もあります。乳房再建手術をするかどうか、乳房再建手術の術式については、患者さんの乳がんの進行の病状なども考慮に入れて、判断する必要がありますので、主治医、形成外科医とご相談ください。詳細は以下の当院形成外科のホームページをご覧ください。

化学療法(抗がん剤)について

乳がんは化学療法(抗がん剤)に比較的よく反応するがんなので、いろいろな病状の患者様(手術前・手術後・再発)に対し化学療法が行われます。当院で手術を受けられる患者様のおよそ半数が化学療法を受けられます。化学療法と聞くと恐いイメージをお持ちになるかもしれませんが、今では副作用を最小限に抑える事が可能であり、かつ高い効果が期待できますので、乳がん患者様にとって大切な治療法のひとつです。化学療法が必要となるのは以下のような患者様です。

化学療法が
必要な場合
手術前(手術をしやすくし、術後の再発も抑える)
・温存手術を希望するが、病変が大きいため、このままでは乳房切除しか受けられない(抗がん剤で小さくして乳房温存を図る)
・病変が大きかったりリンパ節転移が広がっているため、このままで手術すると取り残す可能性が大きい
・HER2陽性乳がんまたはトリプルネガティブ乳がんというタイプの乳がんで、抗がん剤の高い効果が期待できる
・脇のリンパ節に転移がある事がわかっている
手術後(術後の再発を抑える)
・HER2陽性乳がんまたはトリプルネガティブ乳がんだが、手術前には化学療法を受けていない
・脇のリンパ節に転移があった
再発(病状を改善させる)
・ホルモン療法が効くタイプの乳がんだが、その効果が薄れてきた
・ホルモン療法が効くタイプの乳がんだが、病気の進行が早い
・HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんである

化学療法には施行時期やその目的により以下のような種類があります。点滴の抗がん剤の場合、初めの1回のみ短期入院で行い、あとは原則通院で行います。

手術前の化学療法
(術前化学療法)
AC療法(アドリアマイシン、シクロホスファミド)、FEC(フェック)療法(5-FU、エピルビシン、シクロホスファミド)、パクリタキセル療法などがあります。全て点滴です。4.5ヶ月ないし6ヶ月程度かかります。
手術後の化学療法
(術後補助化学療法)
TC療法(ドセタキセル[タキソテール]、シクロホスファミド)、AC療法(アドリアマイシン、シクロホスファミド)、FEC(フェック)療法(フルオロウラシル、エピルビシン、シクロホスファミド)、パクリタキセル療法、ドセタキセル療法などがあります。全て点滴です。3ヶ月から6ヶ月程度かかります。
再発時の化学療法 FEC(フェック)療法(フルオロウラシル、エピルビシン、シクロホスファミド)、パクリタキセル療法、ドセタキセル療法のほか、ゼローダあるいはTS-1(経口抗がん剤)、ハラヴェン、ナベルビン、ゲムシタビンなど様々な治療があります。さらに、パクリタキセルにアバスチンという分子標的薬(狙い撃ち療法)を組み合わせたり、アブラキサン(抗がん剤)にテセントリクという免疫治療薬を組み合わせることもあります。治療期間は効果によって様々です。
HER2(ハーツー)
陽性乳がんの化学療法
乳がんの約20%はHER2というタンパク質をたくさん持っています(HER2陽性という)。この性質を利用して、HER2のみを狙い撃ちすることのできるハーセプチン、パージェタ、カドサイラ、エンハーツ、タイケルブという分子標的薬でHER2陽性乳がんを治療します。ハーセプチン、パージェタ、タイケルブは抗がん剤と組み合わせて用います。生検や手術で採取したがん組織を検査して、HER2をたくさん持っている乳がんかどうかを調べる必要があります。手術前後でHER2陽性乳がんと診断されれば、上述の手術前後で使う抗がん剤にハーセプチン、パージェタを加えて治療します。